資料作成に全力で、気がつけば肩も腰も首も全身が痛い。週末には40キロの長距離ウォーク練習会もあるし、骨盤矯正や凝りほぐしがてら、今日もキャンパスからウォーキングしつつ帰路についた。と思いきや歩きだしてすぐに飲みのお誘いが入り、大いに悩む。
ウォーキングと飲みのお誘いを天秤にかけた結果「飲みたい」が勝ったので、途中でウォークを切り上げて合流。時期のせいか、死など哲学めいた話が多くなった。どんどん酔いを深めていく人の話を聞きながら、虚無に飲まれず自分の足で自分のために生きていくって大変なことかもしれん、と思うなど。
人にとって「父」や「母」というものの存在は、大きすぎるのかもしれない。
父を憎むのも母を敬愛しすぎるのも、コインの裏表のようなもので、本質を辿ればどちらも同じ行為のように思える。頭の中に他者が住んでいる。判断の軸が自分ではなく父や母にある。父みたいにならないように、母を悲しませないように、などなど。
本当は自分の人生において他者を上に置く必要はない。「上に置く必要がない」というのは、知らないふりをしたり想像するのをやめたりということではなくて、社会常識や軍隊の規律やマナーなどと同じくそれらが存在していることは認識していても、規律の内容や適用される場面や自分の気持ち・感覚によってはそれらを踏み越えても良い、と自分に許可することだ(当然その責任も自分に帰するが)。
他者を頭に住まわせて、何より大切な存在である「自分」を罪悪感で責め続けることを私も長年やってきた。その構図を可視化できたときに気づいたのは、世界はもっともっと優しくて広くて楽しい場所だった、ということだった。(しかもたいていは自分の脳みそが勝手に作り出した架空の自分を責め立てる声なので、「実は誰もそんなこと思っていなかった」ということは結構ある)
あえて極端な言い方をしてしまえば、この世に生まれてきた瞬間に親孝行はもう終わっているようなものなのだから、自分を親不孝者だと思わないように。あるいは、自分が生まれてくるために存在したあらゆる環境―胎内で摂取される栄養素を含む野菜を作ってくれた農家、定期健診を行い母体から取り出してくれた医者や看護師、母体がその体を適切に休めることができた寝具や道具を作ってくれた全ての人たち、その父と母の元から生まれるために結ばれないでいてくれたご縁の男女たち、その他あらゆるご縁とご縁のなかった全てのものたち―にも思いを馳せて、もはや誰に対する”親”孝行なのかわからなくなればいい。
ともかくそんな屁理屈をこねてでも「私が生きていたいと思ってるから生きていく/いる」ことを、認めたらいい。(というか、もっと単純な話で自分の子供が「お母さんが死んだら私はもう生きてなくてもいい」と言ったら嫌じゃないか?)
自分の人生の手綱を握っているのは自分であること。
自分が本当に大切にしたいもの=自分のために生きていくこと(それは決してハッピーなことだけを意味するのではなく、時には積み上げてきた選択の結果という現実を突きつけられて絶望してしまうこともある、それすらも引き受けて生きていくこと)を、人生のどこかで覚悟しきらないと、他人が死んだときに一緒に魂を持っていかれちまうぜ、と思った。
あなたはそれで良いと思っているのかもしれないけれど、私はそんなの嫌だ。そんなことをわあわあ話していた。しまいには「あんたは暗いから」と苦笑しつつ言われる。そのとおりなので言い返す言葉もない。それどころか、夢見がちに思われる私の深淵を知ってくれている、一緒に覗きこんでくれる人がこの世に居てくれて良かったなあとさえ思っていた。


