2026.05.29.Fri

Diary

母が東京にやってきた。ありがたいことにまだまだ元気なうちの両親は、山の中にある実家と都会とを行ったり来たりして楽しんでいるけれど、それでも二人ともあと数年で免許を返納しようという話をしている。実家のほうは車がないと生活できない環境なので、そのときには家を売るなりして下山し、町で暮らす計画らしい。その候補地がいくつかあるみたいで、ときどき東京に来ては物件の情報を仕入れている。
しかし何にしても東京は暑い、というか、山から下りればどこも暑い。仮にこっちに引っ越してきたとして、夏に体調を壊さないだろうかと心配になる。二人とも実家の環境を好んでいるし、どうにかその環境で車がなくても暮らせるようなインフラが整わないだろうか、あるいは私が車を運転できるようにならにゃいかんと思ったり…

軽く飲むだけのつもりだったのに、母はあともう一杯、もう一杯、と重ねて飲んでご機嫌になっていた。私はやっぱり母の子である。私もあともう一杯、もう一杯、と酒場で粘る癖がある。

母が、飼い犬の死ぬことをとても恐れている。犬が死んでしまうこと自体への悲しみはもちろんなのだけど、それだけではなく、自分が空っぽになってしまわないかという恐怖があるのだという。若くして子供(私)を授かった母は、20代からずーっと子育てをしてきた。何かを育てることが好きなのだという。母親になりたかったから嬉しいのだと言って、その人生に苦労はあっただろうけど後悔はないようだ。
私にはあんまり「母親になりたい」という気持ちがないからわからないけれど、何かを慈しみ愛情を注いで育てることは尊い行為だなと思うし、だからそうやって他人に深い愛情を注げる母のことを尊敬してもいる。
でも、母は「自分を大切にする/自分を優先する」ということが、あんまりピンとこないのだという。何においても子供を優先にしてきたところがあるし、子供の世話をして子供の歩みを見ることが自分の人生の中心にあったことだったから、子供が巣立って以降は寂しくて仕方がなかったと。その穴を埋めてくれたのが現在13歳の我が家の犬である。私が家を出て、弟が家を出た後に、まだ母の手元に残っていた「面倒を見なくてはいけない存在」だった。

今回初めて知ったのだけど、母もかつて心療内科のカウンセリングを受けていた。私も弟も家を出てから、母はしばらくのあいだ眠れなくなったりやる気が起きなくなったりして、何もできなかったそうだ。「空の巣症候群」というらしい。
そういえば、母がコンビニ弁当ばかり食べていた時期があったことを思い出す。料理好きで、保存食や調味料もたいていのものは自分で作ってしまうくらいの人が、毎食コンビニ弁当で食事を済ませていたことを知った時はかなりショックだった(コンビニ弁当自体を否定するわけではないが)。まだ何もわかっていなかった私は、そんな母に「パートが疲れるなら無理して働かなくていいんじゃない」と見当違いなアドバイスをしていた。

カウンセリングを受けたことがきっかけだったのか、私たちが実家を出て長い年月が経ったからか、わからないけれどいつの間にか母は自分のやりたいことや好きなことを生活の中に取り入れていった。もともと手先が器用で色彩感覚にも優れている人なので、いつ頃からか細やかなデザインのクレイフラワーを作り始め、いまや実家は彼女の作品で溢れかえっている。好きなパン屋さん、好きなブランド、好きなカフェ、好きなコミュニティ、と「好き」を見つけるのも上手な人だ。
それでも、傍らにはずっと犬がいた。その犬が、だいぶ弱っている。もう今年の夏を越えられるかわからない、そのことが怖くて仕方ないのだという。

自分を大切にしようと生き方を変えている最中だからこその悩みなんだろうな、と思う。どんなに好きなものを増やしても、大切な存在を失った瞬間、また過去の「空の巣」の自分に戻ってしまうのではないか。そんな恐怖もなんとなくわかる。死にそうだから新たに犬を飼うみたいな選択も違う、と母はわかっているから、ただただその恐怖にうろたえながら向き合っている。人は何歳になっても変われるんだなと思った。

「自分を大切に生きること」とは、つまり、自分のケアを自分でしてあげることだと思っている。自分が今どんな気持ちなのか、何を本当は欲しているのか、何が快で何が不快なのか。これを他人が推し量ることは難しい。
生理的欲求くらいしかまだ芽生えておらず単純な快と不快を示すことしかしない赤ちゃんに対してでさえ、その要求を見事に当てて適切なケアをするというのは難しいものなのだ。社会的関係の網の目の中で生きるようになって、さらに複雑に進化した心を持つ私たちの場合、自分の感情や望みを他者がケアしてくれることに「期待」をもたないほうが良い(※)。おそらく他者がしてくれるのは、ケアの一歩手前、「自分で自分をケアするための環境を整えてくれたり方法を教えてくれる」ところまでで、そこから先は自分でやらなくてはいけない。話は聞いてくれる、でも、解決までを期待してはいけない。

だから、私が母の老後のお世話をする覚悟があることとはまた別の次元の話として、母は、自分で自分のケアをこれから先もしなくてはいけない。

数年前に私自身がカウンセラーのところに通っていたとき、私ははっきりと「自分と母親は別の人間である」ということを理解してしまった。あんなに好きなものが似ていて、一緒にいるのが当たり前で、母の言わんとすることは何でもわかると思っていて、母が喜ぶことは自分のことのように嬉しかったのに。それでも、私=母ではないのだった。当たり前のことにずっと気がつかないで生きていた。そういう人は意外と多いんじゃないかと思う。だいたい、母の心が正確にわかるわけがない。だって生きている年数が違うし経験が違う、出会ってきた人の種類や家庭以外での環境が違う、何もかもが違うのに。どうして一緒だと思っていたのか、気づいた後からはそのときの心理のほうが逆にわからないけれど、とにもかくにも私は母の心を正確に理解してあげられない。
私の心は私自身が、母の心は母自身がケアするしかないのだ。生きるって、そういうことなのだ。誰にも代わってあげられない。だからこそ、人が生きる営みは、傷つきも絶望も含めて全て美しい。

どうあがいてもいつか犬は寿命を全うしていなくなる。私や弟だって母より先に死ぬかもしれない。何が起きるかわからないこの世界で、絶望しても傷ついてもいいから、それでも自分の人生をこれから先も歩んでくれますように。痛みを感じなくなることは、裏切りではないのだ。たとえ犬が死んだ世界でも、自分自身のために、また新しい「好き」や「心地よさ」を見つけていけますように。こう祈ることが、私なりの母への愛なのだ。

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