2026.02.24.Tue

Diary

腰の痛みで寝がえりも中途半端、夜中に違和感で目が覚め、あまり熟睡できないまま朝が来る。

出勤して椅子に座ったは良いものの、長時間座っていると鈍痛がひどくなってくる。木曜日の病院を待ってる場合じゃない、早くなんとかしたいなあと思ったので、社長に許可をもらって明日のバイト前に整体院に行くことにした。なんかもうほんとすみません…と思いながらLINEしたら「もちろんいいよ」と優しい言葉が即座に返ってくる。つくづく私は人や環境に恵まれている。

数年前にヘルニアと坐骨神経痛をやったときの私はメンタルがめちゃくちゃだった。博士論文を書けない、ポストも特にない、将来の見通しが立たない、恋人が冷たい、友人がそっけない、家族と仲が良くない、きっとみんなから嫌われている…などなど、自己嫌悪が派生して周囲も私のことを嫌っているんじゃないかと疑心暗鬼に苛まれていた。
忙しくしていなければお金は入ってこないし人との縁も切れてしまうと思っていたから、どんなに腰が痛くても働いたし、腰の痛みが左足のしびれに発展したときも、足を引きずって動きまわっていた。忙しくしなければ、というよりも、暇な時間が怖かったんだと思う。暇があればあるだけ自分のことをどんどん嫌いになりそうだった。孤独のまま死んでいく気がしていた。
動けない自分の体を責め、その環境を作った自分を責め、助けてもらえないだろう自分を責め、世界の全部が本当にもう嫌になってしまった朝に、掛かってきた電話に救われたのだった。きっと一生忘れない。思えば、自分に優しくなったのはこの頃からだったかもしれない。

今回のヘルニアのような腰痛に対して、原因は資料作成でさんざん椅子に座りっぱなしな生活を送った翌日に10キロ近い荷物を背負って長距離を歩いてしまったことだろうな、と推測して自分に謝りつつ、軽い症状で済ませてくれてありがたいなと感謝もしている。
楽しみにしてたウォーキング練習会を途中離脱したり、バイトの遅刻許可を社長にとったり、昔の私では出来なかったことを少しずつ選べるようになってきた今の私にも、それを許してくれる周りの人たちにも、日々感謝が尽きない。

でもきっと環境が急激に変わったのではなくて、私が目を背けていただけで、私を取り巻く環境や人々はずっと優しいままそこにあったんだと思う。数年前も本当は「助けてください」と素直に言葉にすれば、いろんな人が手を差し伸べてくれていたんだろう。つくづく素直に生きるって大切だなあと思う。

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