時系列がぐちゃぐちゃだけども。思い出したことを書いていけばそれは日記である。たぶん。
西荻窪から後輩がひとり去ることになった。同じ大学の卒業生なのだけど、在学時代に面識はない。ちょうど私が卒業するときに入学した彼は、大変な飲兵衛で、卒業してからこうやって同じ飲み場で知り合うことができて嬉しかった。
私の出た東京外国語大学という学校は、学生の数がかなり少ない大学だ。そもそも当時は学部が「外国語学部」一つしかなった。その学部の中に、他大学で言うところの「学科」にあたる「専攻語/語科」があって、受験時に語科を選んで出願し、入学後は4年間その言語を専攻することになる。語科の定員人数は、メジャーな言語だと多く、マイナー言語だと少ない。例えば私の所属していたヒンディー語科の定員は15人(実際には同期16人と留年した先輩1人の計17人で授業を受けていた)、ラオス語科やチェコ語科はたしかもっと少なくて10人だったか。一方で英語科やドイツ語科になると70人くらいはいた気がする。単位の取り方に関する制度も大語科と小語科では違っていて、そういう諸々の差異から、私は同じ大学出身でも大語科(メジャー言語科)の人たちにはなんとなく気後れしてしまうのだ。
この後輩は、珍しい小語科の出身だったからこそ、より身近に感じていた。だいぶ飲兵衛でやらかしエピソードも聞くことがあったけれど、かなり贔屓目に見ていたというか、だって後輩だからなあと特に何も言わないでいることが多かった。
実はこの町にはもう一人、同じ外語大でマイナー言語出身の先輩がいる。年齢はだいぶ離れているのだけど、会うたびにとても良くしてくれる。
後輩が去ることが決まって数日後、ばったり先輩と立ち飲み屋でお会いして、そんなことを話していた。なんでか可愛く思えるんですよね、と言う私に、「やっぱりマイナー言語の語科同士だからかね」なんて私と同じ理由を先輩は述べた。みんなお酒が好きで、よくわからない言語を学んでいて、謎のこだわりがあったり他国の文化にやたら詳しかったり偏愛的な何かがあったり。同じ大学の人間じゃなくてもあるはずの些細な共通点がなんだか嬉しく思えるのは、きっと外語大のせいだ。もちろんどの大学でも先輩後輩の繋がりはあるんだろうし(それこそ慶応とかはOBOGとの繋がりが深いという)、珍しいことではないのだろうけど、卒業生の少ない大学の出身で、かつ飲み屋で偶然出会ったというのが嬉しさを助長する。
色々やらかした飲兵衛だと言われるその後輩は、私の親友から借りた大島弓子の漫画を返さないままらしいし、それはよくないぞ!と思っているけれど、それでもやっぱりなんだか憎めない。新天地で健やかに生きていっておくれ、と祈っている。
後日、私はその先輩と野球を観戦しに行った。生まれて初めて球場で野球を見た。
そのときの話はまた別途。
