私はどうしようもなくうおうおしい魚座なので、およそ魚座の説明書に書かれている特徴はほぼすべて兼ね備えていると思う(というか水エレメント強めで、太陽のほか金星も魚座にあったり月が蠍座だったりな水びしゃびしゃ天体配置なのだ)。
魚座は優しいとよく言われる。それは的外れではないと思うけれど、その優しさの質は他の星座とちょっと違うというか、一言で言ってしまえば日常的にかなり無意識に我慢をしている「我慢の達人」なのだと思う。そして、魚座の我慢に周りはあんまり気がつかない(周囲が魚座の我慢に気がつくときには、もう引き返せないくらい限界ギリギリのラインにいる)。なんなら、本人でさえ我慢に気がついていないのだ。だから優しく見えるのだと思う。
魚座は、ものすごくナチュラルに、それこそオートな思考で、あらゆる事象や物事を「お互い様」だと思っている節があるから、自分のことを棚に上げて他人を批判することができない。これも魚座が優しく見える要因の一つだと思う。例えば、他人に対する不満を口にするときに、口に出すか心の中に留めるかは別として、うっすらとした自分責めが同時に存在する魚座は多い(「まあ私も悪いんだけど」「他人のこと言えないけど」「自戒を込めて」が口癖)。だから、何か思うところがあってもそもそも不平や不満を言わずに耐えることが多いし、文句を言ったとしても両成敗的に「お互い気をつけようね」みたいなマイルドなニュアンスに留まる。
しかも魚座は他人の気持ちに敏感なわりに自分の気持ちには鈍感か、もしくはこれまたオートに息を吸うようにさらっと後回しにしてしまう癖がある。すでに書いたけど、耐えている時に「耐えている」という自覚がないこと多々。好きな人のことに関しては特にそうで、例えば愛する人のためなら愛する人との別離を選択するという、たぶん他の星座からすると意味不明なことができてしまう星座なのだ(愛する人が健やかに生きていること>>>(越えられない壁)>>>自分の気持ち)。要するに、アンデルセンの『人魚姫』だ。人魚姫は絶対に魚座だと思う。
十二星座で一番ロマンチストでドリーミーで愛や感情を何よりも大切にしてしまう魚座の民は、好きな人のためなら「我慢します」という自覚が全くないまま我慢できる。そして魚座の愛は広くて、ほとんどの人間のことが嫌いではないので、だいたいにおいて「お互い様」で無意識に我慢する。
そんな魚座が、何かを我慢していたことに気づくのは、我慢の限界を迎えたときであることが多い。そしてそういうときは、たいてい、対象の人間をほんのり嫌いになっている。そうすると、次にその人のためにまた無意識に我慢をし始めたときの「我慢の限界ライン」が少し下がる。そして限界を迎え、ほんのり嫌いになり、また限界値が下がり…を何度か繰り返したあと、魚座はその人間を心のなかに入れるのを辞める。魚座にとって心の繋がりはとても大切なので、心の中に入れないというのは要するに関係性が深まることへの拒絶・遮断である。魚座があなたにニコニコと接しながら自分からは話題を振ってこなかったりお天気の会話だけでその場を立ち去ろうとするなら、たぶんあなたは魚座の我慢の限界ラインを何度も踏み越えた、もしくは一発アウトな地雷を踏み抜いたのだと思う。そして、魚座は実はかなり頑固で、深く心に決めたこと(というか心がその状態になったこと)に対しては譲歩や妥協がなかなかできないので、魚座はあなたから永遠に距離をとろうとする。「仏の顔も三度まで」を地で行く星座なのだ。
こうやって書くと、魚座って心が狭いなとか感情的なやつだなと思われるかもしれないし、実際そういう部分はある。けど、魚座は自分の身のまわりに居る人間に対して本当にナチュラルにオートで自覚なく我慢をしてしまう一方、一応は人間なので傷つきたくないし嫌いな人間のために我慢はしたくないから、自分を守るために関係を遮断するという魚座なりの合理的行動をとっているにすぎないのだ。魚座は感受性が豊かすぎて、心に深い傷も負いやすい。誰かと距離を置くと決めたら本当にそうするし、少なくとも数年は関係を復活させることは無理で、永遠に無理な場合も多々ある。ただ、気分屋で矛盾も多い星座だから数年後にケロッとしてそばにいるかもしれないけれど、そのときにはあなたのほうが魚座民に興味がなくなっていると思う。「地雷を踏んだらサヨウナラ」ってやつです。
(※ちなみに、魚座の地雷は「利用・搾取されること」です。ないがしろにされているとか、雑に扱われているとか、誰かを助けようと手を差し伸べることを当たり前だと思われる・自己責任論に帰結される・感謝がない、と感じた瞬間にとてつもなく深く傷つき、我慢の限界を一気に迎えます)
んで、魚座がそんな調子で誰にもほとんど気がつかれず、それどころか自分でも気がつかないまま我慢をしているとき、魚座の様子に(本人より先に)気がつきやすい星座がある。
それが、乙女座なのだ。乙女座は確かな観察眼を持っているうえに細やかな気配りやフォローがもともと上手な星座で、みんなの保健室の先生的なポジションになりやすい。そして特に、ホロスコープ上でオポジション(真向い)にあたる魚座に対しては必要なケアを適切にしてくれることが多い。
魚座が求めているケア、それは「いつもあなたを見ているよ」とか「いつもありがとう」という言葉に集約される。魚座は別に感謝されたくて偽善的に何かをやっているわけではないものの、「ありがとう」と言われることが大好きなのだ。人魚姫のように、どんなに心を込めても誰にも見てもらえない、誰かを助けても気づかれない、自分の存在なんて無いのと同じ、という状態に深く傷つく魚座は、乙女座が細やかに気を配ってくれて「あなたが居ることにちゃんと気づいてるよ」とサインを送ってくれることにとても安心する。その延長線上に、観察眼の鋭い乙女座からの「あなた我慢しているよね」という指摘があり、乙女座と話しているうちに「ハッ!私、我慢していた!?」と気がつく魚座の民は多いと思われます、たぶん。
お互い柔軟宮に属する=柔軟に周りを見て動く者同士としての苦労も共通している上に、土のエレメントと水のエレメントは良い組み合わせだと言われているので、乙女座(土)と魚座(水)は同じ柔軟宮の中でも会話していてしっくりきやすく(逆に乙女座-双子座や魚座-射手座はエレメントの組み合わせが良くない)、なんとなくお互いにわかりあいやすいのではないかなと思う。
あと、乙女座も魚座も「人にはいろいろ事情がある」という人間理解のベースが似ている節があるかも。だから”世間の常識”のような借り物の価値観で物事をジャッジをしないところがあるような…?
ありがたいことにちょうど私には親密な関係の乙女座の人たちが多くいてくれて、私が爆発しそうになっているところを助けてくれたり、ひそかに立ち回って私のことを守ってくれたりしている。春先や先月末に人間関係のいざこざがあったときに、真っ先に私のケアをしてくれた人たちはどちらも乙女座の人であった。すごいなあと思う。まじで、乙女座の人には頭があがらない。魚座の私からすると、本当に優しいなあと心から尊敬するのは乙女座の人たちなのです。
8月に入って、乙女座の親友と朝まで飲んでいたときに、「岡本はもっと他人のことめちゃくちゃに責めていいんだよ」と言ってもらったことが忘れられない。気がつくと自分を責めていることが多い私は、その言葉に「んな無責任な」と思ったけれど、彼女がそう言うならそうなのかもしれない、とも思った。許せないなら許せなくていいし、自分のことを棚に上げて理不尽にキレたかったらキレてもいい。そうやって思考上で許可したところでどうしても完全に他人を責めきることはできないのもわかっているけれど、私がいつもブレーキを踏みながらアクセル踏んでいることを見抜いていくれている人たちがそばで支えてくれていることに、改めて深く感謝した。
私は本当に人に恵まれている。だから頑張れる。
そんなことをいろいろ振り返りながら思い出したので、メモがてら。ホロスコープは面白いよ。
