4月の短文

Essays / Notes

4/8

日記にするほどでもない思いつきの短文、膨らませる前に忘れそうな言葉、脈絡のない言語をここに書き連ねようと。

カネコアヤノを聴きながら帰る。「エモいって言葉をまだ使ってるの岡本くらいだよ」と最近友達に言われた。この感傷をみんなと分かち合うための言葉が「エモ」じゃなくなったなら新しい言葉は何なんだ、アンニュイ?あにゅい? まだ言葉がない、あるいは、忘れられてしまった。さびしくない。さびしくない、ことが、さびしい。


4/10

近いうちに「スクラップ・ヘブン」や「GO」がリバイバル上映されるらしく、エモすぎて情緒が爆発してる。特にスクラップ・ヘブンは好きな邦画の上位に入ってる作品なのでもう大変。平成ブームありがとう。平成後期(と呼ぶのかわからないが2000年代初頭あたり)の邦画は最高だよな。ひひひ。


4/11

SNSで子供の顔にモザイクをかけずにアップしているお母さんを見るとモヤモヤするのは、さくらももこのエッセイ集『そういうふうにできている』で、子供と自分(さくら)を「別々の個体」と捉えていたのが強烈に印象に残っているからかもしれない。SNSに載せることについて子供の意見を聞いたんかいな、と思ってしまう。


4/13

お付き合いしているパートナーも日常的に歩く人で、私ほどの長距離ウォーカーではないけれど普段から2~3駅ぶんは歩いている。帰り道、そんな彼の隣でおしゃべりしながら一緒に歩くのが好きだ。帰路に着いている写真を見ながら、いつだったか望んでいた「好きな人とたくさんお喋りしたい」という夢と、「好きな人と日常的にお散歩したい」という夢が両方とも叶っていることにふと気がついた。いつもありがとう。

タイトルとURLをコピーしました