8月①/童話と屁理屈

先日、西荻窪で月に一度開催している間借り営業が無事に2周年を迎えた。いつも快くお店を貸してくれる店主や来てくれるお客さんのおかげで、なんやかんや楽しいなあと思っているうちにツルっと2年経ったのだ。ありがたいことです。
その感謝企画として、久しぶりにがっつりと北インド系のカレー定食(ターリー)を作った。チキンカレー、とうもろこし入り豆カレー、オクラのサブジー、とうもろこし入りサモサ、ゴーヤと枝豆のアチャール。気合を入れて5品目がっつり作って、そして、疲れ果てた。

やるぜーと思って頑張りすぎると、その反動でしばらく放心状態になってしまう。童話「ウサギとカメ」で言うところのウサギタイプである私は、一定のペースでエネルギーを節約して動くとか、計画を立ててコツコツやるとかが苦手なのだ。24時間働いたら48時間休む。そういう人間なので、2周年感謝の営業後はのんべんだらりと日々を過ごした。

私は子供のころから屁理屈ばかりこねている。特に、童話や説話から導かれる教訓めいたオチが嫌いで、例えば「ウサギとカメ」だってレースの勝ち負けにこだわるからウサギのやり方じゃカメに負けてしまう=どんなに速く走れても怠けていたらコツコツやる人に抜かされてしまうよ、という教訓になるわけだけれど、人生のゴールなんて死ぬ瞬間までこないのだし、日常生活を自分なりに満足して生きていたらそれでいいのだから、ウサギのように全力で走って気分爽快になったあとは心地よい風を感じながらお昼寝して、ついでに昼ビールなんかもちょっと飲んじゃって、最高な気分でまた走り出したらいいじゃないか、と本気で思う。カメだってのんびり歩くことで道中ひたすら自分と向き合ってついには悟りが開けるかもしれない。ウサギもカメもそれぞれの生き方で生きていて良いのだ。(まあ事の発端はウサギがカメを馬鹿にしたことだから、そうやって自分と異なる生き方の他者を馬鹿にする態度は良くないけれど)

そういえば一番と言っても良いくらい嫌いな童話が「アリとキリギリス」で、キリギリスが夏の間に餌をため込まずに音楽を奏でて過ごしていたことが悪い事のように結論づけられるのが全然納得いかない。アリたちがせっせと餌を運んでいたとき、彼らの耳に心地よい演奏は全く聞こえてこなかったのか?芸術や音楽があるから日々の労働や生活に潤いが生まれるんじゃないのか?そもそも、キリギリスの演奏は仕事に入らないのか?ただひたすらパンのためだけに生きるのか?
冗談じゃない。
それでも、冬にアリの家を訪れて「あのとき俺の演奏聞いてただろう?こちとら慈善事業じゃないんだわ、チップくらい払えよ」なんて言わないキリギリスは素晴らしい音楽家だと思う。

文章を書くことをしばらくサボっていたから、あんまりまとまりのある長文を書けなくなっている。ぽつぽつ更新ならしていきます。

タイトルとURLをコピーしました